見どころ解説

特別展示の見どころについて紹介しています。

この特別展示は終了しました。

平成26年度 第2回特別展
紙幣と官報 2つの書体とその世界

官報の文字

 かつての文字印刷は、ひと文字ずつの活字を文章に組み上げ、版にして印刷する活版印刷で行っていました。そして、活版印刷に使う活字の書体(文字の姿)は、製造元ごとにデザインに工夫が凝らされていました。印刷局も独自の書体を製作し、官報に使用しています。


政府の活版印刷事業の始まり

太政官日誌

 明治5(1872)年に政府内の複数の印刷施設を統合する形で太政官正院印書局が創設されました。
 官報の前身である『太政官日誌』は、慶応4(1868)年2月から民間業者によって木版印刷で発行されていましたが、明治5年10月より印書局から活版印刷で発刊することになりました。この時に使われた活字は、他の施設から持ち寄られたものです。文字が傾くなど整然と組まれておらず、版組の拙さが見てとれます。

印刷局の活版印刷事業

当用日記簿

 印刷局の活字書体の原型は、印刷局が活版印刷事業を受け継いだ太政官正院印書局の活字にあります。印刷局は、明治8年に印書局と合併し、活版印刷事業を開始しました。その事業内容は、政府印刷物の印刷に限定するということでしたが、実際は、工場経営のための副業として、活字や刊行物などを受注販売していました。
 そのうちのひとつである『当用日記簿』は、現在の日記や手帳の始まりとされるもので、明治12年に当時の局長得能良介(とくのうりょうすけ)がフランスの日記帳を参考に作製したものです。

官報創刊号の天気情報部分

 印刷局は、明治16年から『官報』印刷を開始しました。当時の官報は、布告や布達のほかに外報欄など現在の官報とは異なる記事も掲載されていました。天気情報が示されていますが、それは前日の天気であり、予報ではないのが興味深いところです。

活版印刷の作業工程

活版印刷


 活版印刷で特徴的な作業である版組は、まず、原稿通りに活字を拾う「文選」、罫線や行間、字間を埋めるものを使用してレイアウト通りに組む、「植字」の順に行います。
 第108回国会衆議院議員仮議席表は、縦450×横605㎜で印刷局が行った組版のなかで最大のものです。座席を表す罫線を扇形に配置し、その中に議員の名前の活字が一文字ずつ組まれています。姓名に異体字が使われている場合は、活字を新たに作って対応しました。

官報の文字としての印刷局書体

印刷局五十年略史


 代表的な活字書体は明朝体ですが、この書体は字形が正方形なのが特徴です。しかし、明治45年に印刷局がつくった明朝体は、一般的なものより線が細く、字形は縦長のものでした。この新書体は官報に使われたものの、汎用性などの理由により短期間でその役目を終えます。しかし、印刷局が発行する他の刊行物には昭和中期ごろまで使用されました。

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紙幣の文字

 明治以来、発行された紙幣を並べてみると、様々な書体が使われているのがわかります。紙幣の文字は活字ではなく、その他の図柄と同様に、デザイン画を描き、版に彫刻されたものでしたが、外部環境の進化に伴い、現在はデジタルフォントとして整備されています。


紙幣に使われた書体

日本銀行兌換銀券旧10円


 紙幣の文字のデザインは書体のデザイナーが担当していました。歴代の紙幣を見ると、書体の選定や配置など随所に様々な工夫が見られます。
 たとえば、日本銀行兌換(だかん)銀券旧10円の題字(紙幣の正式名称)である「日本銀行兌換銀券」には「銀」という文字が2つ含まれますが、この紙幣の文字デザインを担当した高田忠周(竹山)は、それらを異なる書き方にし、視覚的に変化をつけています。

大蔵隷書(おおくられいしょ)の誕生

大蔵隷書"


 昭和20年代、紙幣の書体は隷書体に統一され、のちに紙幣に使われる隷書体を「大蔵隷書」と呼ぶようになりました。やがて、写真植字の技術が導入されると、紙幣や国・公債に多用する文字として約400種が「大蔵隷書体」としてデザインされました。その後、DTP(Desk Top Publishing)に対応させるために、「大蔵隷書」はデジタルフォント化され、その数も4000文字を超えました。
 「大蔵隷書」の写真植字文字盤や大蔵隷書の下図(したず)など、通常は紙幣デザインの担当部署で保管していますが、今回特別に展示します。

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