見どころ解説(第1回特別展 創立150年記念)

更新日:2024年2月7日

特別展示の見どころについて紹介しています。

この展示は終了しました。ご来場ありがとうございました。



上:石版印刷物『なみまの錦』 明治16(1883)年 下:石版印刷物『国華余芳 正倉院御物』 明治13(1880)年

日本の紙幣は、明治初期に通貨の近代化が図られたことで一新されます。それまで紙幣に使われてきた江戸時代以来の技術とその職人は一掃され、その代わりに海外から購入した各種機械と西洋由来の近代的な技術についての知識を持つ技術者がお雇い外国人として日本に招へいされ、当時の先進技術が日本に伝わりました。
このコーナーでは、国立印刷局の前身である紙幣寮がお札の製造を担うこととなり、さらにその事業を安定的に行えるようになるまでの奮闘のさまをご紹介しています。
組織の経営基盤を確立するために行った副業製品には、明治時代ならではの工芸品がありました。その一つである石版印刷による各種図譜は、デジタル画像によって全ページが見られるようになっています。十数色を重ねて表現された数々の美術版画をお楽しみください。

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上:関東大震災時の緊急官報 大正12(1923)年 下:局長が印刷局の広報誌に寄せた局員宛ての 激励文(部分) 昭和16(1941)年

国立印刷局の製品は、国民生活に密接に関わっているため、国立印刷局の職員にはどのような状況下にあっても必要に応じて製品を納めなければいけないという使命があります。ときには製造機能を奪われ、ときには物資や人手不足に悩まされるなか、平常時を大きく超えた製造量を求められる状況がこれまでに数々ありました。
このコーナーでは、これまでの事業の歴史のなかで災害や戦争などの非常時、すなわち国立印刷局の事業に対して社会的な必要性が高まる状況下の業務について触れ、これらの難局をどのように乗り越え、使命を果たしてきたのかについてご紹介しています。
工場が壊滅的打撃を被り、製造能力を全く失ってしまった関東大震災時、法令公布のため印刷局の職員が総理官邸に出向き、直筆で原稿を執筆してガリ版で印刷した緊急官報や第二次世界大戦中に膨大な製造量をこなすための増産体制を敷くに当たり、当時の局長が局員に宛てた激励文を見ると当時の緊迫した様子が伝わってくるようです。

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キヨッソーネ彫刻 『内閣顧問勲一等贈正二位木戸公』 明治20(1887)年

国立印刷局には、製造事業開始時から今日まで受け継がれてきた伝統的な製造技術があります。それは、直刻凹版(エングレーヴィング)とすき入れ技術(白黒すかし)という2つの技術です。
前者は、日本銀行券の原版彫刻技術であり、「日本近代紙幣の父」と言われるキヨッソーネから伝授されました。日本銀行券の肖像の人物の内面まで描くことのできる表現力と、微細な画線が彫刻できることによって偽造防止効果を兼ね備えた技術として、代々の工芸官(原版彫刻専門職員)に受け継がれています。
後者は、国立印刷局の紙すき担当の職員が明治初期に開発した技術で、すき入れの技術で白黒の階調表現を行うものです。開発当初、この技術を秘訣法と呼んでいたようにその製法は秘匿とされており、それは現在も変わっていません。
このコーナーでは、歴代の工芸官による凹版画と白黒すかしによって制作された美術作品(すき入れ美術紙)をご紹介します。かつてキヨッソーネは、「芸術に優れたものであればあるほど偽造されにくくなります。」と言っていますが、偽造防止策が必要な国立印刷局の製品にとっては芸術性も重要な要素と言えます。これらの作品を通じて国立印刷局の製品の芸術的側面にも注目していただきたいと思います。


すき入れ美術紙「松に孔雀」 明治期

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